一緒に学ぶ情報社会

アホ大学生と情報社会を生きる知識をつけましょう。

才能って...なんやねん!

お久しぶりです、せんがくんです。

 

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ジブリは好きです。

もののけ姫とか。

 

せんがくんは浅学菲才なので大学の試験に忙殺されておりました。

更新楽しみにしてくれている方、申し訳ないです。

頑張ります。

 

最近、色んな所で若い選手が活躍していますよね。

卓球の張本くん、将棋の藤井(中学生の方)くんです。

(せんがくんは藤井猛棋士(9段の方)のファンなので各所で藤井藤井と言われてると「ん?」と思ってしまう。今日この頃、いかがお過ごしでしょうか)

 

彼ら自身はこの一言では済まして欲しくないと思っていると思いますが、

彼らには、僕らとは異なる「才能」があるように感じます。

 

そこで、今日は「才能」についてせんがくんと一緒に考えていきましょう。

 

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 才能とは何だろう

才能はその人しか持っていない能力、人よりも優れている能力、僕はこれを

「個性」と同一視しています。「個性」を強化したものが「才能」と呼ばれるのではないか。

 

たとえば、僕はよく考え事をする個性を持っています。

これを強化すれば哲学者や研究者になる等、才能として社会に認められるのではないか、という考え方です。

 

この考え方は、逆も然りだと思います。

個性が才能として認められる。⇔才能を認められて、個性が認められる。

 

ここで言う個性というのは、

その人の人となりというか、「あいつ変わってるよねー」の個性です。

例えば、僕の知り合いで芸術系の大学に行った人がいます。

彼は、芸術系の東大みたいなところに行きましたが、志望理由が

 

「あいつ、変わってるよな、でも〇大だから…」って言われるようにするためだったそうです。

 

実際、彼は変人ですが僕みたいな凡人は彼の個性を認めてしまいます。

 

発言に説得力を持たせるために、頑張った方は多くいると思います。

 

たとえば、読売テレビ諸国沙代子アナ。

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テレビでちらっと拝見しただけなので詳しくは覚えてないんですが、

東大を志望した理由として「人生はガッツだ!学歴なんていらないんだ!」と言うためだと語ってそれを裏打ちとして現役で東大に合格されています。

 

(好きです、結婚してください。)

 

冗談はさておき、

個性を広く認めてもらうためには才能が必要であることは

これらのことでなんとなく分かります。

 

我々の持つ才能について

ここで、私たちの個性、才能についても考えてみましょう。

 

え?私には才能がないって?

あなたは僕のクソつまらない

長文をここまで読めているではありませんか。

日本語が読めている証拠です、日本語をきちんと話せる方は素敵ですよ。

 

あなたは僕のサイトにたどり着けるほどインターネットを利用できています。

インターネットを利用できない方はたくさんいます。

 

あなたが持つひとつひとつの思想、行動様式はすべて個性、才能です。

いえいえ、新興宗教ではありません

 

では、なぜ我々はそれを正しく認知できないのでしょうか。

才能の認められている人を見ると心が苦しくなるのでしょうか。

 

それは認知の歪み(バイアス)によって生じるものです。

この画像を見てください(がんばって作りました)。

 

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まずは上半分をご覧ください。

オレンジ色の線が、あなたがメインに属している社会の才能の中央値だとします。

中央値なのでこの円を満たしていないからと言って悲観する必要はありません。

あなたはその尖った個性でそこを脱しているではありませんか。

 

しかし、人はしばしばこの円を勘違いしてしまうものです。

そして実際には左の円のようなのに、右の様に感じる。

没個性を感じてしまうのです。

 

そこで、インドにでも自分探しの旅に出て、違った社会を知り、

円を小さく見ることに成功し、「考え方が変わった」と言うのです。

 

さて、次は下半分です。

下の部分は、強い個性、才能をそのまま仕事にしてしまう人たちの図です。

彼らは子供のころから熾烈な競争をくぐりぬけているため、とても強い位置に中央値が

あります。これを飛びぬけなければいけません。大変なことだと思います。

 

将棋で言えば、奨励会(将棋の養成学校みたいなもの)に入るための試験を受けることに始まり、その中で勝ち抜いて級を上げ、26歳までにプロになり…といった段階を踏み、プロになってからも、一線級で戦っている方達に関してはもう差がないのではないか、というレベルで争っていらっしゃいます。そのために円は必然的に大きくなってしまいます。

 

我々には多くの知らない社会があります。

自分の考えている円上ではない、例えばこの円をクルクルと回した球だけの社会があるのです。そのすべてについて円の大きさを知ることは難しいです。自分たちの社会の円すらもうまく認識できないのですから当然です。

 

その円の大きさを知らない内に、テレビなどのメディアで「すごい、すごい」ともてはやされると、「あぁ、俺より年下なのにこんな風に活躍しているんだな、俺は…」と感じてしまうのです。

 

一線級で活躍されている方でも、あなたの社会にきたら凡才かもしれませんよ?

 

遅刻してからも「集合まであと何分?」って聞くヤツ、イカれてますよね?

(加藤先生、お慕い申し上げております。)

 

そうですよね、それでもその人たちには才能があるから…と思ってしまいますよね。

 

仕方のないことです。

 

無限ループって怖くね?

 

対処方法...?

どう対処していけばいいのか、自分の人生に成功、個性が才能に昇華したことがないもので分かりません。

 

しかし、自分がやりたいと思えること、自分のここは人より優れているなと思えるエゴイズムがなければ「昇華」をしないまま一生を終えてしまうと思います。

 

曰く、自尊心は高く持ちましょう!

 

自己愛が高いと笑う人は笑わせておきましょう、いつか才能を認めさせるのです。

 

最後はちょっとクサいかな

 

では、よしなに。

 

まとめ

1.「才能」は「個性」を強化したものである。

2.「個性」がない人はいない、つまり「才能」がない人はいない。

3.  知らない社会はすごく見えるように出来ている。

4. 才能を認めさせるための自尊心とエゴイズムは捨ててはならない。